祭りの意味
春のお祭り
祖霊社例祭
祖霊社例祭は、春分の日・秋分の日の年2回斎行されます。
祖霊社は終戦後、氏子崇敬者の「おみたま」(祖霊)と護国の英霊をお祀りする為に、昭和24年に創建されたお社です。祖霊社の運営は、ご遺族を会員とする「祖霊社維持会」によって行われております。
雅楽の音が響き巫女舞も奉仕される中、厳粛に例祭は齋行されます。多くの参列者は神前に玉串を奉り、ご先祖様へ感謝の心を捧げます。祭典終了後には「祖霊社維持会」の総会が開かれます。
由比若宮例祭
由比若宮は元八幡(もとはちまん)とも呼ばれ、現在の地に八幡宮が遷る前のお社でした。源氏一族が古くから治めていた場所であり、古くは由比郷鶴岡(ゆいごうつるがおか)といいました。
この神社は、康平6年(1063)源頼義が「前九年の役」で奥州を平定した帰り、ご守護を祈って出陣した石清水八幡宮の御分霊をお祀りしたのが始めです。
治承4年(1180)10月、源氏再興を目指し鎌倉に入った頼朝公は、まず先祖が氏神としてお祀りした由比郷鶴岡のお社をご神意を伺って新しい町づくりの中心に相応しい、現在の地(大臣山の麓)にお遷ししました。
お遷りになった後も「縁の地(ゆかりのち)」での祭祀は続き、毎年4月2日には氏子崇敬者の参列のもと例祭が斎行されています。
御祭神: 応神天皇 比売神 神功皇后
上へ

若宮例祭
若宮には仁徳天皇・履中天皇・仲媛命・磐之媛命の四柱のご祭神がお祀りされています。 その中の一柱、仁徳天皇は応神天皇の御子神にあたるところから、若宮は本宮同様に重んぜられ当宮で唯一の「摂社(せっしゃ)」(ご本社に次ぐおやしろの意味)となっています。桜が舞う4月3日、宮司以下神職の奉仕のもと、巫女による萬代の舞が奉奏され、厳かに例祭が齋行されます。
御祭神:仁徳天皇・履中天皇・仲媛命(なかのひめのみこと)・磐之媛命(いわのひめのみこと)
 

丸山稲荷社例祭
丸山稲荷社は鶴岡八幡宮の末社で、古くからの地主神といわれています。建久2年(1191)に本宮造営の際、現在の場所にお遷りになりました。
丸山社に到る階段には多くの鳥居が奉納され、願を込めて奉納された朱色の祈願旗が社殿地を囲んではためいています。崇敬の篤い(あつい)方々による「丸山稲荷講」も営まれ、参拝者が途切れることはないお社です。
毎年4月9日には例祭が行われます。多数の崇敬者の参列のもと、神職巫女により厳かに斎行されます。
上へ

武内社例祭
4月21日は武内社の例祭日です。武内社とは、八幡宮の御本殿のすぐ西側に建つ、武内宿禰命(たけのうちすくねのみこと)を御祭神としてお祀りするお社です。
『日本書紀』によると、武内宿禰は五代の天皇に仕え、240余年にわたって政治に携わったことが記されています。そのため、延命と長寿の神様として信仰されています
十二代景行天皇から十六代仁徳天皇までの五代の天皇にわたって仕えましたが、中でも神功皇后の三韓征伐・応神天皇誕生後の忍熊王の反乱を討伐するなど、側近として長く政治の執行を助けました。このように神功皇后・応神天皇とのつながりが大変深いことから、本殿のすぐ側に鎮座されているのです。

昭和祭
昭和天皇は、明治34年4月29日にご誕生なさり、大正15年に践祚(せんそ)され、その御在位は64年の永きに亘りました。この間は、波乱と激動の時代でしたが、昭和天皇は常に国民と苦楽を共とし、国民の幸福を願われ日夜お心を砕かれました。終戦後の我が国の繁栄を築き上げたのは、国民の努力と昭和天皇の大御心の賜物ともいえます。
昭和天皇のご降誕の佳節である「昭和の日」は、平成19年4月29日より「みどりの日」から変更されました。この「昭和の日」には、昭和天皇のご遺徳を景仰し皇威の隆昌と国運の発展を祈り、昭和の御代を顕彰する「昭和祭」が行われます。



もどる
上へ 次へ
Copyright(c)2002,TheTsurugaoka hachimangu Shrine.All rights reserved.