宝物
重要文化財武内社
楼門を潜りぬけ左手奥に進むと、御本殿に寄り添うように武内社が鎮座している。

御祭神は武内宿禰命。神功皇后の功臣、長命な神様として知られている。景行・成務・仲哀・応神・仁徳の5朝に亘って仕えた歴世の功臣である。『日本書紀』景行天皇の条では、正月の饗宴が数日続き、群卿百寮が酔い戯れ国家の事など放ったままでいる様を厳しく諫め「棟梁之臣」と称えられ、成務天皇は我国で初めて「大臣」に任じている。しかし、応神天皇の御代、弟の甘内宿禰の讒言に陥れられ盟神探湯(くがたち)をして無実の罪をはらすなど波乱に満ちた御生涯でもあった。

国家の柱石として宇佐神宮や石清水八幡宮にも摂末社の神として祀られ、特に石清水八幡宮に於ては、宇佐神宮を男山の地に勧請を朝廷に奏請した僧行教またその一族として代々神主に補せられた紀氏の先祖の神として御本殿の西脇に摂社として祀られている。当宮では末社であるが、配置はそのままこれを踏襲している。

当宮では嘉禄2年(1226)10月27日八幡三所と共に遷宮した(社務記録)が、それ以前の建久2年(1191)鎌倉の大火により焼失した御社殿を再建、改めて石清水八幡宮の御神霊を迎え上下両宮の結構を整えた時に武内社も上宮に構えられたものと考えられる。

  武内社イメージ
武内社




武内社イメージ
武内社背面
現在の建物は御本殿と共に文政11年(1828)に再建されたもので一間社流造で正面に幣軸構付板扉を構え、正側面に跳高欄付の切目縁を廻し、正面に登り擬宝珠高欄付木階を設ける。身舎、庇ともに三斗を組み、中備に蟇股を配し、妻飾は虹梁豕又首とする。屋根は現在銅板葺。社殿は御本殿と同じく軸部軒廻りを朱漆塗、扉などの建具を黒漆塗として外壁に若松の彩画を描き彫物などに極彩色を施して要所に錺金具を備える。平成8年7月、御本殿、廻廊と共に国の重要文化財に指定された。   武内社イメージ
武内社西面

もどる
上へ 次へ
Copyright(c)2002,TheTsurugaoka hachimangu Shrine.All rights reserved.