宝物
市指定文化財木造住吉神倚像 1躯
住吉の神は、大阪市住吉区の住吉大社をはじめ全国に二千数百社に及ぶ住吉神社の御祭神である。

神話にみえるところによると、伊弉諾尊が黄泉の国の穢れを祓い清めるため筑紫の日向の橘の小戸の阿波伎原に禊ぎ祓いをされた時に、海の底・中・表から、小童(わたつみ)の神とともに現れた神々として底筒男命・中筒男命・表筒男命がおられ、これを墨江の三前の大神(『古事記』)、住吉大神(『日本書紀』)と記され、古くは「すみのえの大神」と称されていた。

古来、禊ぎ祓い・国家鎮護・海上平安の神徳に対する信仰が著しい。特に、航海守護は住吉信仰の中心で、遣唐使など大陸へ渡航する人は住吉の神にその安全を祈願して出発するのが慣例であった。さらに和歌三神の一つに数えられ、歌神としても尊崇を受けていた。

『万葉集』に「住吉の荒人神」とあるように現実に姿を現す現人神として語られ、その姿は往昔より翁の尊容で表現されることが多い。

鶴岡八幡宮蔵の住吉神像は、中国における神仙(神通力を持った仙人)の姿で、あごひげをはやした道教を奉ずる道人の翁として表現されている。道教独特の道服・頭巾・沓を着用した倚像(腰掛像)であり、現在持物を欠失しているが、右手に軍扇、左手には杖を持っていたと思われる。

鎌倉後期の宋元文化の影響をうけた中国道教風の住吉神像としては、現在知られる最古の木造とされている。南北朝期初頭、14世紀前半期に造立されたと推察される貴重な尊像である。

『新編相模国風土記稿』によると、近世鶴岡八幡宮の末社の一つで源頼朝公を祀る白旗神社に配祀されていたが、元は逗子市小坪字飯島の住吉神社に祀られていたようで、「神体は故ありて襄(さき)に鶴岡の末社に移し、当社には今白幣を神体として本地仏正観音を安ず」とみえる。

この住吉神社は、三浦氏の築いた住吉城の鎮守社で、付近の築港和賀江島などの海の守護神として祀られ造像されたのであろう。
木造住吉神倚像イメージ

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