宝物
県指定文化財
銅製亀甲花菱文象嵌擬宝珠1対
この擬宝珠は弘安4年(1281)鶴岡八幡宮再興の際欄干に取り付けられたものといわれ、惟康親王の寄進と伝える。
また同時に造られた銅製の釘隠・釘・鋲金具・欄干飾金具・垂木先金具も伝えられ、銀象嵌(金属面に模様を刻んで銀をはめこんだもの)で亀甲文、花菱文が刻まれ、華麗なものである。

弘安4年は2度目の蒙古襲来(弘安の役)の年であり、第八代執権北条時宗の時代で、源頼朝公が鎌倉にはいり直ちに当宮を現在地に創建してより、100年を過ぎた時期である。第三代執権北条泰時は『御成敗式目』を定め、第一条に「神社を修復し、祭祀を専らにする事」と掲げ、これは頼朝公の基本方針を受継いだものである。時宗の時代も、このことは生きており、銅地に銀象嵌という当時としては希な特別な技法を駆使して荘厳な社殿が建てられたようである。

『鶴岡社務記録』によれば、弘安3年(1280)11月14日に当宮が焼失したと記され、翌年の4月26日に上棟祭が執行されたと記されている。
『鶴岡八幡宮御遷宮記』にはより詳しく記され、
「上宮・下宮・熱田社・三島社・高良社・松童社・荏柄社・源大夫社・武内社・白旗社・竈神殿・楼門・八足門・神宮寺・鐘楼・上幣殿・拝殿・下幣殿・拝殿・中鳥居・脇門・廻廊」とあり、当時の境内の結構を知ることが出来る。そしてその年の11月29日に造営がなり、正遷宮祭が執行された。この擬宝珠はその時に取付けられたものと考えられる。鎌倉時代を偲ぶ遺物である。
銅製亀甲花菱文象嵌擬宝珠イメージ

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