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紙本墨書 鶴岡八幡宮修営目論見絵図1舗
紙本墨書 鶴岡八幡宮修営目論見絵図イメージ この図は、鶴岡八幡宮の改築・修理を行う為に作られた指図である。
この図の上右端に片桐且元の花押、下右端に「山中橘内(花押)」、下左端に「天正十九年五月十四日 増田右衛門尉(花押)」と記されてあり、これにより、天正19年(1591)5月に作られたものと考えられる。

そして、この事実を裏づける「豊臣秀吉朱印状」が相州文書に収められている。おそらく絵図と対になっていたのであろう、絵図と同日付である。この朱印状は、八幡宮の造営を徳川家康に命じたと八幡宮社僧に知らせたものである。

秀吉は、北条氏の小田原を落とすと奥州平定に向った。その途上、天正18年(1590)7月17日鎌倉に立ち寄った。この時に八幡宮の造営を志し、社家等にこれを約束し、翌年徳川家康に造営を命じたのである。

この絵図の示す内容は、下記の通りである。
《改築》
赤橋・内鳥居・鐘楼・西鳥居・夷社・大黒社・西石橋
《修理》
南大門・若宮本殿・幣殿・拝殿・松童社・天神社・上宮本殿・幣殿・拝殿・上宮廻廊等

この内容から、この造営は修理を主としたものと考えられる。つまり、この絵図の示す社頭の状態は中世最末期のもので、当宮の鎌倉期の様子を留める貴重な資料といえる。

御創建800年記念事業の直会殿建設にあたり昭和54・5年に行われた発掘調査で、絵図通りの廻廊の遺構が発見された。まさに文献と一致したのであった。

尚、この絵図に示された社頭の姿は、鶴岡文庫にある模型で見ることが出来る。

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